「日本文化の潜流…家元制度としのぎ」

「しのぎ」というと一般的には「一時しのぎ」「急場しのぎ」「退屈しのぎ」という言葉があります。苦しい局面やつらいことを何とか持ちこたえ切り抜けるという意味があります。

一方、刀剣で、刃と峰との間のに刀身を貫いて走る稜線という意味もあります。刀を研ぐことは「しのぎを削る」という言葉にもつながります。

これ等の意味を考えると「しのぎ」とは不安定な状態をどうにか安定させること。つまり、安定化を目指すためのものと言えます。

さて、筝曲については検校によって守られた文化経済システムがあります。それは鎌倉時代の当道座に始まります。盲人社会に検校や別当、勾当などのピラミッド型職階性を設けたわけです。

その中で、弟子は師匠に謝礼を払って師匠の生活を安定させる中で師匠から芸を教わる。また、その師匠は自分の親師匠に何らかの形で上納し親師匠の生活の安定に寄与するというものです。

芸がうまいだけでは勾当や検校にはなれませんでした。検校になるためには多くの上納金が必要だったようです。

そういった経済システムを明治政府はなくそうと考え、当道座が廃止されました。しかし、そのような経済システムは当道座廃止後も、 日本社会に存在しています。

家元制度という経済システムがそれで、江戸時代以前から今日まで続いています。

末端の師匠は芸を教える見返りとして謝礼(月ぎめであれば月謝)を弟子から受け取ります。それが、師匠のしのぎです。

そして、芸の伝授の段階に応じて免状が交付されます。免状申請に伴い免状料を納めます。それが家元のしのぎの一部となります。

免状あるいは免許というものの発行権は現在の家元にしかありません。筝曲でいえば検校から免状発行権を認められた人のみが発行できることになります。

 

この家元制度ですが、今もなお存続しています。

大きく4つの分類があり、

  • 公家文化からでたものとして、書道、和歌、包丁、笛、筝など
  • 寺社文化の系譜 能楽、虚無僧
  • 武家文化の家元。剣術、兵学、弓術、馬術、槍術など
  • 江戸町人文化の系譜 歌舞伎俳優の家系、長唄、舞踊、義太夫節、常磐津、清元等

この家元制度というのは米国や西欧諸国、中国、韓国にもない独特の制度とされています。

家元制度の本質は流儀の伝承と技術の伝承で成立しているものと考えられます。

 

この家元制度を理解する身近な教材に「任侠映画」があります。

親分子分の杯事などでは、幹部や親せき筋の親分が参列しています。そして、格付け順に座布団の順番が定められ式典が行われます。

「親が白いものを黒といえば、子は黙って受け入れなければなりません。すでにご覚悟はお持ちと存じますが、いま一度考えられ、心定まりましたならば、その杯一気に飲み干し、懐中深くお納め願います。さあ、どうぞ」

そして、この親分子分の関係になるには、親分の家で部屋住み修行を行うわけです。家の掃除から行儀作法など多方面にわたりその親分の流儀を学ぶようです。部屋住み修行が終わって親子の杯を交わし、やっと1人前の子分になります。そして、その後も修行を続けて一家の安定のために「しのぎ」を削るわけです。そして、やがて幹部となり若頭という親分の参謀となり、親分に代わり一家を発展させていく。親分が引退や亡くなられれば基本的に若頭が代目継承を行います。ここでも杯事が行われ、この時の参列者は全国の盃事でつながった親分さん方が参列し、後継者が誰であるかを見届けます。

 

私は「任侠映画」を見てまさしく日本に流れる家元制度と同じものではないかと感じています。「任侠映画」をアクションという視点ではなく封建社会における慣習法(コモン・ロー)という視点で観たわけです。

 

ところで、習い事をしていて準師範や師範の免状を受け弟子を取らずに自分の勉強だけしていてお金がかかるという愚痴をこぼす方がよくいらっしゃいます。準師範や師範の免状をいただいた時点で、後進育成活動を始めていれば、自分の金銭的な負担は軽減されて行くはずです。そして、文化の伝承を担いながら活動を継続することができるはずです。しかし、後進育成を多くの方がされていないのが現実です。

邦楽界が衰退しているのは、家元制度における後進育成が弟子の芸の伝承で停止しているのが要因ではないでしょうか。弟子が教授者になった時点で後進育成という芸の伝承が再び行われなければ、家元制度はやがて消滅するのではないかと危惧します。

日本文化の伝承システムである家元制度の再認識と後進育成という芸の伝承が十分機能するようにしなければならないと感じるところです。